さごたに通信

2014年9月30日 05:32:54 カテゴリ: 未分類
2014年9月27日 05:33:25 カテゴリ: 未分類

「掲示板」の方に広告しました、きたる10・12(日)に湯来温泉の古民家で行われるコンサートのチラシです↓

↓ の [IMG]をクリックして下さい。

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2014年9月16日 04:38:01 カテゴリ: 未分類

講演会(ハイパー・セミナー)の日取りを914(日)に決めた時点でうっかり見落としていたことは、このあとの「ハイパー・セミナー at 広島国際会議場 ―50%の失敗と、50%の大成功―」でも書くのだが、中でも大きな見落としは、この「しわいマラソン」と日にちが重なっていたことだった。

しわいマラソンは2010年に始まって、今年が第5回目。その内、2012年の一度だけを除いて、ほぼ毎回応援やら伴走DSC_0006(内黒峠の今井淳)やらで参加している。つまり、私にとって年に一度の重要な個人的イベントなのである。「来年こそは、自らランナーに・・・」との決意を新たにするのだが、未だに、ただの観戦・応援者、せいぜいバイクやチャリでの伴走をしているだけである。応援と言っても、個人的な知り合いが出走したことは、これまで一度もない。

それでも、できるだけ欠かしたくなかった。たとえ、午後からの大イベントである「ネクストモーション・ハイパーセミナー」での講演者の一人という大役を抱えていたとしても。

04:30、まだ真っ暗な中を愛車コペンで出発、
(今、書いている時刻も偶然に0430、眠くなったんで、いったん中断、ひと眠りしてから再開します)

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一眠りしてたら、まる一日たってしまいました(笑)。現在17日午前4時半です。

続けます。

スタート/フィニッシュ地点の安芸太田町・温井(ぬくい)ダムに到着したのは、スタート直前の05:20。昨年までは、ダムの堰堤からのスタートだったのが、今年から上のフィニッシュ地点のすぐ近くまで変更されていた。選手諸君、スタートからいきなり、かなりきつい下りを堰堤まで駆け下りることになるのだ。

太鼓や花火(ヒヤ)が加わった華やかな雰囲気の中を数百名の選手たちがスタートしたのを見届けるや、すぐに愛車に戻り、最初の応援場所である10km地点(正確には9.7kmとか)に移動、すでに、警備の警察官の他に、応援者が数名。その中の1グループは、父親(見かけ70台)、娘、それに孫3人の家族だった。

「これの婿と・・・」と、その矍鑠(かくしゃく)とした老人(失礼!)が話しかけてこられた。

「もう一人の娘と、それに、バァさんが出とるんですよ。」

「えっ、ご家族から3人もですか?!」と驚いた。

その、少し複雑な家族関係は、こちらから再度問い返したほどだった。つまり、出走なさっているのは、そのご老人の奥様、娘、娘婿(別の娘のだんな)の3人で、ここでボクと一緒に応援に立っているのは、ご老人本人と、娘(出走している男性の妻)と、それぞれの娘の孫たち3人というわけです。まあ、読み返して理解なさろうとしなくていいです(笑)

改めて紹介するまでもなく、この、今年で5回目を迎える「しわいマラソン」、全長88キロ、しかも標高差854m、制限時間13時間(!)という、すでに全国的にも知られた、とてつもなく過酷な(「しわい」・・・地元の方言で「しんどい」という意味)レースなのである。その過酷なレースに、一家から3人も・・・と驚く私に対してそのご老人からさりげない一言。

「いや、私は、直前に脚のウラが痛くなりましてのぉ、仕方なく欠場になったんですよ。あ、ここに名前が載っとるんです」と、私の持っていた出走者リストを指差した。

この家族、タダモノでない。ちょっとこれから、Oさんという、ちょっと珍しい姓の3人のResultsを見てきますね、しばしお待ちを・・・。

見てきました。残念ながら、出走された3人ともDNF、つまり「途中棄権」でした。それでも、そのうちのお二人(お婿さんと、お母さん!)は、CP3(第3関門、62キロ地点)を、9時間を切っての通過タイムでした。しかもお母さん(おばあちゃん、「50歳以上」・・・ちなみに女性は、この「50歳以上」が最高年齢帯なのです。男性には「60歳以上」もあるのに・・・事務局さん、来年からご検討願いますね)のほうが「44歳以下」のお婿さんよりも、わずかながら速かったのです!オソルベシ、しわいのばぁちゃん!!!

・・・と言うぐあいに、個人的な知り合いが一人も出てなくても、そうやって応援地点で知り合った人たちと大いに盛り上がれるのが、この「しわい」の大きな特徴で、だからこそ、こうやってほぼ毎年欠かさず、たとえ午後から広島国際会議場での自らの講演を控えていようと、仮に万一、朝起きたら空からヤリが降っていようと、こうやってクルマを50分も飛ばして応援に駆けつけるのです。「いつかは、自分も走るんだ・・・」というヒソカな思いを抱きつつ。

(続く)

 

2014年9月5日 04:35:10 カテゴリ: 未分類

診察室を出、窓口で手続きを済ませて、1階の会計に下りていく長いエレベーターから見下ろす景色が、これを上がった時とはまるで違って見えた。妙に新鮮というか、色鮮やかというか、ひょっとして「画家の目」に、一時的に少しだけ近づいているのかな・・・とさえ思った。

ずっと以前に、誰からか忘れたけど、「絵を描くときには、対象が何であるかということを一旦忘れて(つまり「先入観」を捨てて)、そのモノ自体として観ないといけない」と言われたことがなぜか印象に残っていて、時折思い出していた。

その同じような感じ方を、今、この長いエレベーターの上から体現しているのかな・・・と、ちょっと思った。

*  *  *  *  *
「ガンでした、正真正銘の」
と、医者は冒頭であっさりと告げてから、やや間をおいて
「でも、腸壁の粘膜や、その下の粘膜下層、さらに下の筋肉層まで達しているかどうかは、今のところわかりません。それを再度確認するために、12月に再検査しましょう。」

それがガンであろうことは、お盆手術の当時から、いや、そのときよりはるか以前、7月に広島健康センターで診察のときから、それとなく示唆されていた。だからこそ、昨日9・4(奇しくも、恩師林尚志先生の80回目の誕生日)を「宣告の日」と捉えていたし、11年の禁を破って、思い切って東京とつくばを訪ねておいたことには、その要因もある。

数秒間の沈黙のあと、思い切って訊ねてみた。
「なぜ、すぐじゃなくて、3ヵ月後なんですか?」
8.14に執刀してくれたF医師は、なにやら難しい専門用語を使って答えてくれたが、にわかには理解しがたかった。私のにわか仕込みの乏しい知識に基づく理解としては、要するに、2週間もの時間を費やして精密に調べた切除した部分の内部だけに、その発見されたガンが留まっているか、あるいは残された部分にもあるのか、さらにはリンパなど、大腸の外部にまで転移してるのかどうかは、ある程度日にちを経ないとわからないから・・・というものだ。

(でも、仮にヤバイ状況にあるとしたら、みすみす3ヶ月も進行を許してしまうんでないの?)という質問は、呑み込んでしまっていた。

ともあれ、「宣告」が、さらに3ヶ月延期されたわけである。

それまでの3ヶ月・・・色々な予定を入れている。主なものだけでも・・・
9・14の講演会(広島国際会議場)
10・12の地元でのコンサート(いつか詳しく書きますね)
そして、11月には恒例の八王神社(やつおじんしゃ)の秋祭り、23日は林尚志神父様の傘寿の祝賀会・・・さらには、元の勤め先から、すっかり立派になった後輩Eクンを広島に招いての講演会

これらの準備の忙しさにまぎれて、この「延期された宣告の日」までをやり過ごすしかないのだ。

案外、どうということもなく、この3ヶ月は過ぎ去るのかもしれない。

(完)

(なお、写真を添付するとしたら、切除した患部と残された痕跡の写真がありますが、かなりキワモノなので、やめときます。またお叱りを受けそうなので(笑)

2014年9月1日 05:43:26 カテゴリ: 未分類

理由は、掲示板の「8・20のコメントを・・・」(8・27)に書いたとおりで、掲示板では、日にちがたつとどんどん「流れて」いってしまい、少し前の掲示に対するコメントが「埋もれて」しまうのを防ぐためです。
そこで、これまでの、「掲示板」へのコメントや、この「さごたに通信」へのコメントを含めて、ここにまとめてみました。
今後は、コメントの投稿は、ここに集中してくださるようにお願いします。
2014・09・01  ヒゲしげ爺